今回はやけに更新が早いですが、それには理由があります。前回のうわごとです。
あとになって自分で読み返してみたのですが・・・
私は何を馬鹿なことを書いているのでしょう。
顔から火が出るとはこの事です。
あまりにも恥ずかしいので、過去に追いやってしまいたくて、こうして早い更新になった次第でございます。
けれども削除はしません。
舞い上がった時には、前回のうわごとを読んで、自分を戒めようと思います。(^^;
と言う訳で、仕切りなおし。
今回はバリバリに茅田砂胡さん作品について語ってみようと思います。
当然ネタバレありなので注意してくださいね。(笑)
前回、茅田砂胡さん作品のキーワードの一つが「遺伝」あるいは「遺伝子」ではないかと書きました。
この事は、私よりも以前に指摘されている方がいらっしゃいます。
私のオリジナルな着目点ではありません。
以前からそういう説があって、私も最近それを支持する様になったのですが、
そのきっかけは「スカーレット・ウィザード」5巻のジャスミンの死でした。
「スカーレット・ウィザード」は私にとっては最も茅田砂胡さんらしくない作品でした。
特にその設定の甘さ、都合の良さは、「頼むから『にせもののSF』はやめて〜!」と
叫びたくなるレベルのものです。
けれども、ジャスミンが遺伝子治療の副作用によって死に至るのを読んで、
しばらくしてから「ああ、そうか」とある意味納得したのです。
茅田砂胡さん作品の主人公は、必ずと言って良いほど「遺伝的」に周囲から浮いています。
「デルフィニア戦記」のリィ、「桐原家」の桐原眞己、「レディ・ガンナー」のダムー。
ウォルも王家の嫡流ではないし、平凡なのはキャサリンくらいのものです。
(古くからの茅田さんファンの方の中でレディ・ガンナーの評価が必ずしも芳しくないのは、
無意識のうちにこの違いに気付いているからではないでしょうか?)
そして「スカーレット・ウィザード」は、中身の演出はともかく(笑)、
「短命という不可避な運命を背負ったヒロインが、懸命にロマンスに生きる物語」
を目指して書かれている訳ですが、
その「ヒロインの短命」の理由付けが「遺伝子治療の副作用」となったのは、
これはもう偶然でもなんでもありません。
不可避で必然的なことであったのでしょう。
4巻で、もう一人の主役ケリーが遺伝子操作を受けていると分かった時に
「あ、他の作品と似てきたな」とは感じたのですが、
ラストのオチを開けて見ればケリーもジャスミンも、
他作品の主役キャラと同じ根を持っていたのです。
さて、ここまでは発表済みの作品を読んで、その内容を一つの切り口から考察してみた訳
(と言っても表層を舐めた程度)ですが、
こういう考え方は作品の今後を推測する手がかりにもなります。
すなわち、私は次の2つの事が推測できると思っています。
まず1つ目。
「スカーレット・ウィザード」の続編が書かれる場合、ジャスミンは仮死状態から目覚めることはありません。
もしダイアンの治療によって目覚めたとしても、主役として活躍することはありません。
何故なら、ジャスミンは「遺伝子異常により短命」であったからこそジャスミンというキャラクターだからです。
遺伝子異常のハンデがなければ、そもそも茅田さん作品の主役としての資格がないのです。
そしてジャスミンの子供ダニエル君が主役となる物語が書かれるとしたら、
ダニエル君はジャスミンやケリーと同じように、遺伝子異常を背負ったキャラクターになります。
そして2つ目。
「レディ・ガンナー」の続編は1巻同様、特異な遺伝子を持つインシード達が主役の物語となります。
もしくは生物学的には全く平凡に見えるキャサリンが、
実はとんでもない先天的な因子を隠し持っているかも知れません。
1巻の38ページで「キャサリンの母親は怖いくらい勘の鋭い人だった。
捜し物が得意で、召使いの嘘は必ず見破ってしまう。
親類の訃報を知らせた手紙を開封する前に言い当てたこともある。」
「お嬢さまはだんだんお母さまに似ていらっしゃいますね。」
とありますが、これは「感応力」が遺伝するものであると示唆しているようで怪しいと思いません?(笑)
と、今回はここまでにしとうござりまする。
実は私が今回本当に書きたかったのはここから先なのですが、
触りだけでこの長さになってしまったので、また別の機会にしたいと思います。
何ヶ月先になるか分かりませんけれども。(笑)
いやはや自分の考えをまとめるのは難しいですね。
それでは乱文失礼いたします。(お粗末)